こんにちは、スマホ119代表の富村です^^)
出店の歩み、第4回。このシリーズで初めての「いまはもう無い店」の話です。


4号店・安謝支店(那覇市・イオンタウン安謝)
2016年7月1日、那覇市安謝のイオンタウン安謝にグランドオープンしました。とよみ店で南部の手応えをつかんで、いよいよ那覇市内へ。当時のブログには「皆さまぜひ遊びにいらしてくださいね〜」と、浮かれた感じで書いてあります(笑
実際、たくさんのお客様に来ていただきました。那覇の北側、浦添方面からのお客様の多さは、この店で初めて知りました。

閉店も、歩みのうち
安謝支店は、その後の店舗の統廃合で閉じました。
正直に言うと、閉店を決めるのは、出店を決める何倍もしんどいです。でも、限られたスタッフと力をどこに集中させるか。それを選ぶのも経営なんですよね。
安謝で得たお客様とのご縁は、近隣の店舗が引き継ぎました。あの店があったから分かったことが、いまの現役の店の中に生きています。閉じた店も、うちの歩みです。
撤退の基準を持つ、ということ
安謝の閉店から学んだ一番大きなことは、「撤退の基準を先に決めておく」大切さでした。
出店のときは、誰だって夢を見ます。ここでこれだけのお客様が来て、これだけの売上になって…と。でも商売には、読みが外れる日が必ず来る。そのとき基準がないと、ずるずると傷を広げてしまう。「あと1ヶ月がんばれば」の繰り返しは、店もスタッフも疲弊させます。
いまのうちは、出店のときに撤退ラインも一緒に決めます。冷たく聞こえるかもしれませんが、逆です。ラインを決めているから、それまでは全力で攻められる。
もうひとつ大事なのは、店を閉めても人は閉めない、ということ。安謝のスタッフは近隣の店に移ってもらいました。店は箱ですが、技術と接客は人に宿ります。箱を畳んでも、人が残れば会社の力は減らない。
閉店を「失敗」と呼ぶか「学び」と呼ぶかは、その後の行動で決まります。安謝で学んだ立地の読み方は、その後の全店の出店判断に生きています。だからあの店は、うちの中でいまも働き続けているんです。
それでも、出してよかった
撤退の話を書いたので、誤解のないように反対側も書いておきます。安謝店は、出してよかった店です。
まず、那覇という市場をうちに教えてくれました。中部と那覇では、お客様の動き方がまるで違います。車移動が基本の中部に対して、那覇は徒歩やバスやモノレールの人も多い。駐車場の意味、立地の意味、看板の見られ方。ぜんぶ安謝で初めて学びました。この知識がなければ、のちの首里店も、那覇ドンキ店も、オーパ店も、もっと下手な出店になっていたはずです。
それから、浦添方面の需要の発見。安謝は那覇の北端で、浦添からのお客様がとても多かった。「このエリアの人たちは、修理店を探している」という発見は、その後の店舗配置の判断材料として、ずっと生き続けました。
そして、ここで店を任された経験者たちが、次の店の立ち上げの主力になっていきました。
市場の知識、需要の地図、育った人。安謝店が残したこの3つは、店がなくなった後も会社の中で働き続けています。撤退=損失、と単純に引き算できないのが、商売の面白いところです^^)
閉店の日にシャッターを下ろしたあの手で、いまこの記事を書いています。悔しさは、時間が経つと教材に変わる。安謝で得た学びを次の店に渡せているなら、あの店の7年間に、ちゃんと意味があったということです。4号店、ありがとう。明日は、いまの本店の話です!
明日は5号店・宜野湾ベース。いまの本店の話です!シリーズ一覧はこちら。

ネクストレボリューション株式会社
代表取締役 富村浩樹
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